紀伊山地の霊場と参詣道:熊野古道 大辺地 8 古座~地蔵峠越えルート 2018.05.07

 
 
 ●大辺路第3回 2日目 : 5月7日 (月) 雨
熊野古道:大辺路  古座の船着き場跡碑
古座の宿08:43→高池の虫喰岩09:10-09:20→峠の地蔵11:30→佐部バス停→(徒歩)→
→紀伊田原駅→串本駅に電車移動し大江戸物語・串本(泊) 
朝食の後、この日のコースにはコンビニ、自販機等が無く、道の駅は開店が10時と遅いため、朝ごはんの残りを各自でおにぎりを作ることにしました。梅干し、フリカケなどおかみさんのご厚意に甘え、昼食は確保できました。宿のおかみさんに別れを告げ、古座川沿いに歩いて行くと「古座の渡船跡」がありました。
▲古座の渡船碑
▲ 曹洞宗の寺院 「霊巌寺」
古座川町役場前から国指定天然記念物の「高池の虫喰岩」へと向かう道が熊野古道大辺路の地蔵峠越えルートです。その道筋に沿って流れ、古座川に注ぐ池野山川の対岸に曹洞宗の寺院「霊巌寺」があります。
立派な山門と城郭のような石垣が目に入りますが、江戸時代、このあたりは富裕な回船問屋や古座組大庄屋の住居があり、そうした経済力が背景にあります。文化財で注目されるのが熊野速玉大社の「熊野本地仏曼荼羅版木」ですが、他に地獄絵図である「十王図」、元禄時代につくられた「大般若経」全巻、どこから見てもウサギと視線が合う「八方睨みの兎」と呼ばれる襖絵などがあります。
▲負岩と金比羅神社   
岩山の中に祀られている珍しい神社です。地元の廻船業者が、船が海難から救われたのを感謝してお祀りしたもので、明治時代以降の創建といわれていて、そう古くからあるものではありません。この背後の岩山は、名を「負岩(おいわ)」といい、近くにある「高池の虫喰岩」と同様に、古座川弧状岩脈に属する「流紋岩質火砕岩」からできています。 
▲高池の虫喰岩
古座川町役場から近く、東へ500mほど行った道沿いにある岩山です。国の天然記念物と認識している人は少ないです。
「流紋岩質火砕岩」が風水食を受けて虫が喰ったように穴がたくさん開いていることからこの名があります。高さ約60mもあり、このような大規模なものは珍しいということです。直径10cm内外、深さ4cm~5cmの穴が多いですが、中には1mを超えるものも少なくなく、空洞となっています。ここで、穴の開いた小石に糸を通して願かけすると耳の病気が治るという言い伝えがあります。私達も真似をして楽しみました。
池野山環境衛生センター近くにある公園には周辺を示す大きな案内板がありました。何の疑いもなく進んでいくと、いきなり牛の大群と出くわしました。「アレレレレッ!地図に載ってなかったよなぁ」と思いつつも踏み跡があるため、どんどん上に上がっていきました。
「おおい~来てるか~?」みんな登山で鍛えた足腰のため、少々の悪路であっても、藪漕ぎであってもギブアップを知りません。落ち葉で滑りそうなところは木の根を掴んで踏ん張ります。そんな藪漕ぎが1時間ほど続いたでしょうか。時間ばかりかかり二進も三進も行かなくなりました。「もとの位置まで下りよう」と言うことになりました。降りて車道歩きをしていたら「熊野古道」の矢印が見えました。「ここやったんか~!」
 ▲ちょっと間違っちゃった  ▲ここから地蔵峠ルートに入ります
▲地蔵峠へ登ります ▲峠の地蔵尊
気を取り直して、道標に従い、きつい上り坂を経て峠の地蔵まで到着しました。林道を横切り下り坂を歩いていると川の音がしてきました。地図によると川に渡した板があるはずなのですが昨晩からの激しい雨で水量が増し流されたのか見当たりません。皮を剥がれてむき出しになった丸太が横たわっていますが、とても渡渉出来そうもありません。ジョンが前にいったり、後ろに行ったりして渡れる場所を探しましたがどこからも渡れそうもありません。強引に渡りかけて足を滑らせたら滝壺の中に落ちてしまいます。「これは諦めるしかないなぁ」全員同意し、もと来た峠の地蔵まで登り返し車道へ出る道を引き返すことにしました。 
 ▲地蔵峠を登り返します
しばらく車道歩きをしていると激流の音の方向に「大辺路」と言う看板を見つけました。佐部側の入り口のようです。林の中に入っていくと急流が現れました。足を入れたとたんにすくわれてしまいそうです。渡れたとしても再度戻ってこの場所をもう一度渡渉しなくてはなりません。中に入るのを諦めました。地蔵峠の下で強引に沢を渡っていたとしてもここまで来て渡れなければ大変なことになります。決断は正しかったのだと安堵しました。
ここからは佐部地区を通り、堂道から紀伊田原駅に向かうことにしました。
▲佐部に向かいます ▲法面に祀られた地蔵尊
悟りを開いた様にみんなスッキリして紀伊田原駅に向かう途中、佐部集落のバス停を見つけました。「あともう少しやね・・」と、安心した途端にお腹がグーッ・・・道路端に座り込み、自分で作ったおにぎりを頬張りました。どんなご馳走よりもおいしかったです。雨もあがりました。佐部集落にはムクロジの巨木があります。樹齢800年ともいわれ、平維盛が植えたという伝承があり、木全体にからみつくフジと合わせて串本町の天然記念物に指定されています。4月下旬には木全体がフジの花に覆われます。
(無患子(むくろじ)・・実がなり、石鹸に使われたと言う。果物のレイシも同じムクロ科に属し、羽子板の羽の黒い部分はムクロジ)
藪漕ぎで力を使い果たしたのか、気力が落ちたのか、これから向かう予定の「口熊野の小領主たちが同盟して佐部城を攻めたという有名な「佐部の合戦」の佐部城址や秀田地蔵 、最後の最後の那智勝浦町中里に抜ける山間の古道・郎峠越え」は、今回は断念することにしました。季節が代わった秋ごろに来ようかと話がまとまりました。
▲堂道を過ぎてもうすぐ紀伊田原です ▲紀勢線と交差 ▲旅人宿の古い看板
▲紀伊田原の街並みを駅へ向かう
まもなくこの日のゴールと決めた紀伊田原駅に到着しました。合羽を脱ぎ身支度を整え、串本行きの電車を待ちました。
▲紀伊田原駅 ▲木葉神社
串本のホテルでは打ち上げに参加するためにポッチーが待っているはずです。この日の宿は4月27日にオープンしたばかりの「大江戸物語・串本」は浦島ハーバービューホテルをリブランドしたホテルです。
▲紀勢線で紀伊田原から串本へ ▲串本駅からホテルへ ▲大江戸温泉物語に到着です
6人部屋はとてつもなく広く、タタミや浴衣も新しく、窓からは大海原が見え豪華なお部屋にみんな大満足でした。お風呂に入り夕食を頂き、ポッチー持参のトランプ「ババ抜き」をして盛り上がりました。
旅の感想文
 ●ひ め
いやぁ・・今となっては藪漕ぎ楽しかったです。誰も「怖い、引き返したい」と言わないものだからどんどん登り詰めて・・そして下りて、渡渉できるような水量では無かったりと最後の最後大暴れコースでしたが印象深かったです。これからの山行はシュリング2本各自携行すれば藪漕ぎ、渡渉など安全通過に役立ちます。これからは共同装備として出かける前にメンバーに声掛けすることにします。
 ●JON
今回の雨の地蔵峠越えで高齢者の山岳事故の発生する様子を身をもって体験しました。
まず高齢になるとともに自分の下調べに自信を持ちすぎて現地での対応が非常に悪くなってると言うこと。だんだん頑固になってきている。
増水して急流と化している沢を何とかして渡渉しようと無駄な努力をしていること。諦めが悪い。
雨で体が冷え腹痛を起こしたことなど数え上げればキリがありません。
高齢者なりの安全対策を考えなければ遭難という事態を引き起こしかねません。もう一度自分なりによく考えてみたいと思います。
 文:美智子姫  
 
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する、という役割があります。水門が開閉す るときに船の信号がわりに出る噴水は、大阪市章「みお つくし」のかたちをイメージしてつくられたそう